大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のタイトル画像

2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の第4話は、頼朝が出陣を命じるところで終わりました。

この記事では、『鎌倉殿の13人』の

  • 第5回のネタバレあらすじ
  • 見どころ解説
  • ドラマの感想

をまとめています。

この記事は、源平マニアのブログ主が書いています。

1話~最終話まで、以下のリンクで全放送回のネタバレあらすじを、まとめて読めます。

【鎌倉殿の13人】来週のネタバレあらすじを最終回まで!考察や解説まとめも!

この記事は、主に公式ガイドブックを資料にまとめました。

   \裏話が満載/


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【鎌倉殿の13人】前回の振り返り・今回の要点

前回のプチ振り返り

4話の内容を簡単に振り返ってみましょう。

第4話プチ振り返り
  • 三島明神の祭りの日に、目代を襲撃
  • 八重が、頼朝に挙兵のタイミングを知らせた

頼朝にとっては、チャンスは1回しかありません。

タイミングを教えてくれたのは、八重でしたね。

今回の要点

今回の要点をまとめました。

要点
  • 頼朝が所信表明
  • 石橋山の合戦
  • 北条宗時が死亡

くわしいあらすじは、次章をご覧ください。

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【鎌倉殿の13人】5話ネタバレあらすじ (2/6)

頼朝が所信表明

八重が決起のタイミングを教えてくれたので、源頼朝(大泉洋)は無事に山木兼高と堤信遠との戦に勝ちました。

頼朝は、坂東の政を行うと所信表明。

その第一歩として、平家の所領を召し上げて、味方で配分すると宣言しました。

怒ったのは、大庭景親(國村隼)でした。

梶原景時(中村獅童)は、「頼朝は、次に相模や武蔵の豪族と合流する。兵を東へ動かす」と読んでいました。

大庭景親は、三千の兵で迎え撃つ準備を始めます。

対する頼朝には、三百の兵しかいません。

三浦義澄(佐藤B作)が一千の援軍を出して、伊豆に来てくれることになりました。

頼朝は、全軍を東に進め、土肥で三浦勢と合流することにします。

平家側である伊東祐親(浅野和之)は、北条勢を崩すために、北条宗時を闇討ちしようと考えます。

女子供は伊豆山権現へ避難

820日早朝、雨の中を頼朝たちは、東へ向けて出発。

北条義時(小栗旬)は、女性や子供を安全な伊豆山権現へ避難させるため、頼朝とは別行動することに。

伊豆山権現の僧侶・文陽坊覚淵(もんようぼうかくえん)は、北条家の女子供を受け入れてくれました。

しかし女人禁制のため、寺女と偽って寺の家事をするよう言いつけます。

北条政子(小池栄子)は、「佐殿たちは命がけで戦っておられます。これは私たちの戦です」と張り切るのでした。

石橋山の合戦

雨は翌日も降りやまず、頼朝たちは思うように東へ進めません。

途中の石橋山に陣を構えることに。

大庭景親も、石橋山のふもとに陣を敷きます。

頼朝に合流するはずの三浦勢は、増水で酒匂川を渡れず、立ち往生していました。

梶原景時は、「三浦勢が合流する前に、今すぐ出陣したほうがいい」と大庭景親に進言します。

その頃、頼朝と北条も軍議を開いていました。

頼朝は、援軍が来ないなら一度退きたいと言います。

宗時は、敵を挑発して山に誘い込み、狭い場所での戦いに持ち込めば、勝機があると説得。

父親の時政は「挑発なら任せておけ」と、宗時に同意しました。

一方の大庭景親は、山に入ると不利なことが分かっているので、逆に北条を山から降ろそうと挑発。

時政は、さんざん挑発されて堪忍袋の緒が切れてしまい、北条勢に突撃を命じてしまうのです。

結果、頼朝軍は完敗してしまいました。

宗時の最期

頼朝は、義時らに守られて山中を逃亡し、洞窟に身を潜めました。

宗時は「近くに来ているはずだから、武田信義(八嶋智人)に援軍を頼みましょう」と進言。

武田信義は、甲斐源氏の血筋であるため、頼朝の決起に乗じて挙兵していました。

自分こそが源氏の棟梁と考えている頼朝は、気が進みませんでしたが、危機を脱するために同意します。

大庭景親に捕まると、首を斬られると思った頼朝は、髪の中から小さな観音像を取り出します。

「こんなことならご本尊を持ってくればよかった」とボヤく頼朝に、宗時が「私が取ってきます」と返答。

宗時は、挙兵する前に義時に、次のように語っていました。

  • 平家につくか源氏につくかは重要ではない
  • 坂東武者の世をつくる
  • 北条が武士のてっぺんに立つ
  • 目的達成のために頼朝が必要

義時は驚き、自分ひとりの胸にしまうことにします。

宗時が伊豆へ戻ったので、義時と時政らは武田の陣と合流すべく甲斐へ向かいます。

危険を承知で、伊東祐親に見張られている北条の館に戻りましたが、見つかってしまいます。

伊東の配下の善児に襲われて、殺されてしまうのです。

北条家で一番頼朝の挙兵を願い、大望を抱いていた宗時の最期でした。

<第6回あらすじ第4回あらすじ>

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【鎌倉殿の13人】第5話見どころ解説

5回の見どころは

第5回の見どころ
  • 頼朝の戦下手
  • やらかしてしまう時政
  • 宗時の最期

ではないでしょうか。

石橋山の合戦は、歌舞伎や能の演目になるほど有名です。

  • 後の征夷大将軍が初戦で負ける
  • 梶原景時が敵の頼朝を見逃す

のだから、後世の人間からするとエンターテインメントですよね。

  • 雨が降って、援軍が来ない(運が悪い)
  • 合戦で負けるも見逃されて、生き延びる(運が良い)

という、両方が頼朝に起こります。

ちなみに見逃されるのは、次の放送回です。

ドラマだと、慎重な頼朝は一度退こうとしますが、宗時と時政に押し切られた格好です。

これはドラマの演出だったかもしれませんね。

「ああ、時政がやらかしちゃったよ」という、三谷幸喜さんの得意芸です。

実際どうだったのか、細かいところは分かりませんが、負けたことは事実です。

源平マニアで判官びいきのブログ主は、「頼朝は、戦下手だなあ」と思うのです。

さらには、頼朝の最期は、戦でもないのに落馬して死ぬのです。

一応、征夷大将軍にもなる人が戦下手で、落馬で死ぬというのは、カッコいい死に方とは言い難いです。

義経だったら、石橋山の合戦で負けることはなかったのでは。

後に、頼朝は義経を毛嫌いするようになります。

理由のひとつに、頼朝の義経に対するコンプレックスがあったのではないかと思うのです。

義経は、連戦連勝で負け知らずの神がかった戦上手で、きらびやかな英雄です。

頼朝のような戦下手は、弟の活躍にプライドが刺激されたのではないでしょうか。

もうひとつの見どころは、宗時の最期

北条家の中で、一番頼朝を決起させようとした宗時が、挙兵してすぐ死んでしまうのです。

史実的なことを言うと、

  • 宗時が、頼朝や義時と別行動したのは事実
  • 別行動した理由には諸説ある

なので、頼朝の観音像を取りに北条の館へ帰ったというのは、演出ですね。

そんな危険で無謀なことはしないはずなので、実際には違う理由で別行動したと思われます。

<第6回あらすじ第4回あらすじ>

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【鎌倉殿の13人】解説・考察記事の一覧

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【鎌倉殿の13人】第5話の感想まとめ

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【鎌倉殿の13人】第5話ネタバレあらすじと感想まとめ

まとめ
  • 頼朝が、敵の領地を召し上げて味方に配分するという宣言に、大庭景親が激怒
  • 頼朝の援軍・三浦義澄は、川の増水で加勢できず
  • 頼朝は、石橋山の合戦で敗北
  • 頼朝の観音像を取りに戻った宗時は、善児に殺されてしまう
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