SF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のタイトル画像

人気SF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』では、ラストでドクが機関車をタイムマシンにして、1985年にやって来ます。

しかも家族連れでしたよね。

「ドクは、どうやって機関車タイムマシンを造ったの?」

と不思議に思った人も多いでしょう。

この記事では、

・ドクは、どうやって機関車タイムマシンを造った?

・ドクは1985年に何をしに来た?

・なぜ、機関車で造った?

・機関車タイムマシンを造るのに、どれくらいかかった?

について、分かりやすく図解しながら考察をまとめています。

【バック・トゥ・ザ・フューチャー3】ドクはどうやって機関車タイムマインを造った?

【図解】ドクはどうやって機関車タイムマシンを造った?

『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』の最後に、ドクが家族とともに機関車タイムマシンで1985年にやって来ます。

「ドクは、どうやって機関車タイムマシンを造った?」と不思議でしたよね。

結論から言うと、ホバーボードの部品を使ったのだと考えられます。

順を追って解説します。

まず、1885年には2台のデロリアンがありました。

1台は、ドクが1885年に乗って来たデロリアン(図のピンク)。

もう1台は、マーティが1885年に乗って来たデロリアンです(図のブルー)。

ややこしいですが、ピンクのデロリアンを墓場の坑道に70年間隠してましたね。

それを1955年に修理して、マーティが1885年に戻ってます。

本来、デロリアンは1台です。

しかし、タイムスリップしたので、1885年9月2日時点のヒルバレーには2台存在します。

2台とも故障していましたね。

ドクのデロリアン

マイクロチップが故障
→1947年までパーツが開発されない
修理不能

マーティのデロリアン

ガソリン漏れで動かせない

マーティのデロリアンは、燃料漏れするだけで、次元転移装置は正常でした。

そのため、機関車で押して時速140キロを出させて、1985年に帰りました。

さて、残ったのは、マイクロチップが故障したドクのデロリアンです。

マイクロチップは、1947年にならなければ部品がそろわないはず。

けれど、ラストでドクは、マーティが2015年から持っていたホバーボードで、クララを助けました。

1985年に帰ったのは、マーティだけ。

ドクとクララ、そしてホバーボードは1885年に残ったのです。

2015年製のホバーボードは、空中浮揚しました。

ホバーボードを分解したら、マイクロチップをはじめ、いろんな部品が手に入ったでしょう。

1)ホバーボードを分解して、マイクロチップをゲット

2)デロリアンを修理

3)未来へ行って、更にいろんな部品をゲット

4)機関車をタイムマシンに改造

という手順で、タイムマシン機関車を開発したと考えられそうです。

機関車タイムマシンは、空中に浮いてました。

なので、少なくとも2015年以降の未来で、部品集めをしているはずです(1作目のラスト参照)。

なぜドクは1985年にやって来た?

ラストで、ドクは機関車に乗って、家族で1985年にやって来ました。

マーティとジェニファーに家族を紹介すると、すぐ帰ってしまいましたね。

「わざわざ、家族ができたと言いに来たの?何しに来たの?」と思いますよね。

個人的には、

1985年に来た理由は?

マーティが事故に遭ったか確認しに来た

のではないかと思いました。

マーティは、1985年10月27日に帰って来て、自動車事故に遭うはずでした。

ニードルスたちに「腰抜け」と呼ばれて、危うくカーレースの勝負に乗りそうになります。

けれど、ドクの忠告を活かして、勝負しませんでした。

直後に、ニードルスたちはロールス・ロイスとぶつかりそうになります。

マーティが、もし勝負していれば、事故に遭って、富士通さんからクビにされる未来が待っていました。

ドクは、1985年に戻ったばかりのマーティが、事故に遭ったか気になったのでは。

マーティが無事であることを確認できれば良かったので、すぐ去ったのでしょう。

「未来は、自分自身で切り開ける」というドクのセリフからも、

マーティが自分の未来を変えられたか確認しに来たことが、伺えます。

ドクがマーティに挨拶した後、どこへ向かったのかは別の記事にまとめたのでご参照ください。

ドクは最後どこへ行った?1955年に行った理由を解説!

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なぜ機関車でタイムマシンを造った?

なぜ、ドクは機関車でタイムマシンを造ったのでしょう?

修理したデロリアンを使えばいいですよね?

理由の可能性としては、2つ考えられそうです。

機関車をタイムマシンにした理由

①デロリアンを1955年に運ぶため

②家族が増えたから

だと思います。

【理由①】デロリアンを1955年に運ぶため?

1955年時点で、デロリアンは墓場の側の坑道になければなりません。

なぜなら、マーティがそれに乗って1885年に行くからです。

マーティは、ドクの墓石を見て、助けるために1885年に行きました。

けれど、ドクもクララも死ななかったので、1955年は何かが変わってしまったはず。

本来なら、1885年にデロリアンを坑道に隠せば、1955年にマーティが受け取ってくれるはずでした。

何らかの事情で、「デロリアンを、直接1955年に届けなきゃ!」となったのかも。

機関車なら、デロリアンを積めます。

そして、1955年に届けてから、1885年に戻れます。

【理由②】家族が増えたから

デロリアンを、問題なく1885年に坑道に隠せて、1955年のマーティに渡せたとします。

それなら、機関車タイムマシンを造る必要はなかったように思いますね。

もしかすると、クララがタイムマシンに興味をもって、「家族で時間旅行したい」と言ったのかもしれませんね。

デロリアンは、ツーシーターなので2人しか乗れません。

映画のラストで、ドクには2人の息子ができてました。

機関車で造った理由

・家族4人が乗れる

・1885年でも怪しまれない時速140キロだせる乗り物

という条件を満たすのが、蒸気機関車だったと考えられそうです。

ドクが機関車タイムマシンを造るのに、どれくらいかかった?

ドクは、タイムマシン機関車を造るのに、どれくらいかかったのでしょうか?

映画だと、マーティが1985年に戻って数時間後に、ドクが機関車で現れた感じですよね。

しかし、実際には最長で6~7年はかかってそうです。

というのも、息子のジューヌが6~7歳、ヴェルヌが5歳くらいだったから。

  • デロリアンを1955年の坑道に戻すため
  • 家族で時間旅行するため

いずれの理由であったにせよ、タイムマシン機関車を造るのには、それなりに年数がかかったと考えられます。

タイムマシンそのものの部品だけでなく、工具もいろいろ集めないといけませんしね。

しかも、機関車となると相当大きいです。

結構、時間はかかったでしょうね。

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【バックトゥザフューチャー3】ドクの機関車タイムマシンまとめ

まとめ

・ドクは、ホバーボードの部品を使って、デロリアンを修理した可能性が高い

・修理したデロリアンで未来に行き、さらに部品などを集め、タイムマシン機関車を製造したと考えられる

・1985年に来たのは、マーティが事故でどうなったか確認するため

・機関車タイムマシンを造るのに、最長で6~7年かかってるかも

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