映画『おおかみこどもの雨と雪』のポスター
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SNSでは、映画『おおかみこどもの雨と雪』の感想として、「雪がかわいそう」というコメントが多く見られます。

「雪がかわいそう」という感想は、「花は、雨には優しいけど、雪はほったらかし」「親の愛情が、偏ってる」というもの。

特に映画後半で、嵐の学校で待ってる雪を迎えに行かなかったことが、印象強いようです。

  • 花は、本当に雪より雨を可愛がってるのか?
  • なぜ、雪が冷たくされてるように見えるのか?

について、心理学の視点も交えて考察しました。

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【おおかみこどもの雨と雪】雪がかわいそうの声多数!花が雨ばかり可愛がるのはなぜ?

SNSなどでは「雪がかわいそう」という感想が結構多く見られます。

「花が、雨ばかり可愛がって、雪は構ってもらえない」という、姉弟の愛情格差が主な理由です。

確かに嵐の日に、花が雪ではなく雨を優先したのは、インパクトがありましたね。

けれど、個人的には「花は、雨ばかり心配して、雪を冷遇してる」とは特に思わなかったんですね。

なので、もう一度映画を見直して、「どこら辺が、雪より雨を可愛がってるか」を確認・考察してみました。

【検証】花は雨ばかりかわいがってる?

花が、雪より雨に優しく見えるシーンは、確かにいくつかありました。

ひとつずつ確認してみましょう。

雨が猫にひっかかれたシーン

雨が猫に引っかかれてケガするという場面がありました。

雨は「大丈夫、大丈夫して」と甘え、花は雨の背中をさすってあげます。

三毛猫に負けて花に甘える雨に、雪はかなりイラついた様子を見せました。

雪は、「そんなんじゃ生きていけないよ!」と雨に活を入れ、自分はイノシシより強いとアピール。

花に「すごいね」と褒めてもらいたかったのでしょう。

しかし花は雪をほめず、「他の動物に偉そうにしないで、お願い」と優しくお説教しました。

「息子の背中をさする母親」「娘を注意する母親」という状況から、「雨には優しいのに…」と見えてしまいそうです。

けれど、よーく見るとそういうわけでもありません。

猫に引っかかれて泣く雨に、花は手当てしながら「大したことないわ」と言ってるのです。

そして、雪には「お願い」と言って、お説教しています。

花は、どちらの子どもにも淡々と接しており、「ひいきしてる」感はありません。

正直、「子どもに、お願いする形で注意する親がいるんだ。すごく優しい親だな」と個人的に驚きました。

「他の動物に偉そうにしちゃだめって、いつも言ってるでしょ!!」と叱りつける親の方が、現実には多いのではないでしょうか。

雨が川でおぼれたシーン

まだ小学校にあがる前に、雨が川でおぼれるシーンがありました。

雪が飛び込んで助けましたね。

かけつけた花は、横たわった雨をとっさに抱きしめます。

裸の雪も、隣でゼーハーと肩で息をしていましたが、花は雪に声をかけず、雨しか見えていないようでした。

「雪には、何も言ってあげないの?」という感じは、確かにありますよね。

けれど、雨が話し終わった後は、花は二人の子どもを両手に抱きしめていました

なので「雪がほったらかし」という風にはなっていません

花は、雨の不登校を注意しない

小学校に上がったものの、いじめられたりして学校になじめない雨は、たまにしか学校に行きません。

花は、そんな雨に「学校に行きなさい」と注意しませんでした。

新川自然観察の森に、息子同伴で出勤していましたね。

人によっては、「雨に甘くない?」と思えるかもしれません。

花は元々、雪を生んだ時に、自分の生き方は自分で決めてほしいと言っていました。

雨に対しても、同じ気持ちだったでしょう。

人間として生きるか、オオカミとして生きるかは、本人が決めることだと思っていたのですね。

型にはめる生き方を強要するつもりはなかったのだと思います。

だから「学校に行きなさい」とは言わなかったのでしょう。

「オオカミは、どうやって大人になっていくんだろう?」と思っていた花は、人間社会にうまくなじめない雨をどう育てるか、模索していました。

たぶん雪が登校拒否になっても、同じ態度だったろうと思います。

雪にワンピースを縫ってあげた

学校で、「女の子の友達は、宝物箱に動物の骨を入れたりしない」と気づいた雪は、もっと女の子らしくしようと決意します。

その話を笑いながら聞いて、花は「自分の好きなようにしたらいいじゃない」というようなことを言いました。

そして、雪のためにワンピースを縫ってあげましたね。

雪は「このワンピースに、どれだけ救われたか分かりません」と言っています。

友達からの評判も上々。

このエピソードから、やはり「花は、雨ばかり可愛がる」わけではないと思いました。

雪と雨のケンカで片方のかたをもたなかった

学校に行かずたびたび山に入る雨と、学校で人間として生きたい雪が、ケンカになるシーンがあります。

おおかみの姿で転げまわって争いますね。

この時、花は「どちらか片方の味方になる」というような態度をとりませんでした。

また、「片方だけなぐさめる」こともしていません

これは観ていて、子どもに対して公平な態度に思えました。

学校でオオカミになった雪を責めなかった

雪は、学校で草平をケガさせてしまいます。

校長室で無言でいる雪に、花は珍しく「謝りなさい」と強い口調で言いましたね。

けれど、車の中で泣きじゃくって詫びる雪を、ひとことも責めませんでした。

逆に抱き寄せて「大丈夫、大丈夫」となぐさめます

リアルな普通の親だと、「どうしてオオカミになったの!?絶対ならないって約束したでしょう!」みたいに怒鳴る人も、割といるでしょうね。

花はくわしく事情も聴かず、雪の気持ちを察して、叱ったりしませんでした。

雪に対する信頼と愛情を強く感じる場面だったと思います。

花が雪を迎えに行かず、雨を追いかけたのはなぜ?

花と、雪・雨の親子関係で、だいぶ目立つ印象だったのは、「嵐の日に、花は雪を迎えに行かなかった」という場面ではないでしょうか。

シーンを振り返ると、

  • 天気が豪雨となり、学校から家庭へ迎えに来るよう連絡
  • 花は、学校へ雪を迎えに行こうとする
  • 花は、雨が傘もささずに山へ向かう姿を見る
  • 花は、雪を迎えに行くのをやめて、雨を追って山に入り遭難

という展開でした。

「花は、雪ではなく雨を選んだ」という行動がはっきり見える構成になっています。

なので、「花を信じて、ずっと待ってる雪がかわいそう」と思いますよね。

わたしも「花は心細いだろうな」と思いました。

ただ、あの場面でどちらを取るかと聞いたら、多くの親は雨を追うのではないかとも思いました。

少なくとも、わたしならそうします。

なぜなら、

  • 雪は学校にいて、先生もおり、比較的安全な場所にいると判断できる
  • 雨は、傘もささずに土砂崩れの起きそうな山へ行き、何かあっても助ける人がいない

という状況だったからです。

傘なしで出かける雨を見ながら、声もかけずに雪を迎えに行ったなら、そちらの方がよほど問題な気がします。

もちろん、リアルな世界の親なら

  • 学校へ「迎えに行けない」と連絡する
  • 雨が山へ入ったと、警察に連絡する

などの対応もするでしょう。

けれど、これは映画であり、作り話なのです。

「花がこういう行動をしないと、次の展開がああならない」という計算された場面設定なわけですね。

雪と草平が、お互いの秘密の部分を打ち明け合う、ドラマチックな嵐のシーンをつくれないわけです。

現実世界と映画や小説のリアリティは違います

制作側は、「花は雪に冷たく、愛してない」と表現しているわけではありません。

けれど結果的に、「雪がかわいそう」と感じる人が多く出たのですね。

これは映画の構成・構図上、「雪がかわいそうに見えてしまう」わけです。

確かに、一人でぽつんと親を待つ子どもはかわいそうです。

でも、花が、意地悪でわざとそうしているわけではありません。

やむにやまれぬ事情があったわけで、雪を愛してないわけではないのです。

親の愛は「母は心配」「父は信頼」

これまでひとつずつ見てきましたが、キストが入ります。

  • 花は、雪につらく当たっていない
  • 花は、雨ばかりを可愛がっているわけでもない

と思います。

個人的には、「子ども二人を、かなり公平に扱っている親」という印象を持っています。

リアルの現実世界で、花くらい子どもを公平に扱おうとする親は、かなり少ないのではないでしょうか。

花は、「どうやったら、この子を自立した大人に育てられるか」ということをいつも考えて行動しています。

その点で、子ども二人に対してとても公平な態度です。

  • 雪は、食欲も旺盛で、イノシシより強いくらいタフ
  • 雨は、繊細で病弱

というそれぞれの個性があります。

雨は、「おおかみはどうしていつも悪者なの?」と言って泣く、感受性の強い繊細な子どもです。

学校社会にもなじめず、いじめられて浮いてしまっています。

雪は、そんな雨をかばったりするくらい、ある意味「余裕」がある子ども。

「どちらが自立が難しそうか」と見た時に、どうしても雨に意識がいくのだと思います。

さらには病弱ですしね。

もちろん、子どもの側からすると「いくらしっかりしてると言っても、雪も子どもなのだから、親にかまってほしい」のは、そうだと思います。

雪も分かっているはず。

だから、雪にワンピースを作ってあげたのでしょう。

親の愛情は、基本的に

  • 母親の愛は、心配という形(何かと構う)
  • 父親の愛は、信頼という形(黙って見守る)

で表れやすいと思います。

花は、雨には心配という形で、雪には信頼という形の愛情をこめていると思います。

【心理学的考察】なぜ雪がかわいそうに見えるのか?

映画『おおかみこどもの雨と雪』の雪のその後の中学生活

『おおかみこどもの雨と雪』では、嵐のシーンで構成上どうしても、花が雨を優先しているように見えます。

そのため、「雪がかわいそう」と感じる人は多いようです。

中には、雪に同情するあまり、「花が大嫌い」と思う人もいます。

その一方で、「雪がかわいそう」と感じない人がいることも事実。

この違いは、どこから生まれるのでしょう?

  • 嵐のシーン以外で、「雪がかわいそう」と思った人
  • 「花は、雨ばかり可愛がってる」と感じた人

は、「雪に自分を投影している」せいかもしれません。

投影とは心理学用語で、簡単にいうと、「雪の境遇に、自分を重ね合わせている」ということですね。

「お母さんは、いつも妹ばかり可愛がってる」

「お母さんは、お姉ちゃんのことはいつも褒めるのに、わたしのことは褒めてくれない」

など、「他の兄弟と差をつけて育てられた」と感じている人は、「雪がかわいそう」と感じ、心を揺さぶられやすいでしょう。

「わたしは親の愛情を、十分に受けられなかった。すごく我慢した」と思っている人は、雪の立場で映画を観てしまうのです。

そういう心理的な働きがあることを知った上で映画を観ると、また違った見え方になるかもしれませんね。

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母親は息子の方がかわいい?

さて、ここからは一般論の話をします。

娘と息子がいたら、母親は息子の方がかわいいのでは?ということですね。

たとえば美輪明宏さんは、トーク番組などでよく「母親は、息子の方がかわいいというのは常識です」と言っています。

そして、父親は娘の方がかわいいんですね。

家庭差はあるでしょうが、何となく理解できるように思います。

また、ある心理カウンセラーさんが講演で、「母親からすると、娘は自分のコピーと感じる」と話していました。

特に、「母親が長女で、娘も長女」という関係だと、確執や葛藤が生まれやすいそうです。

自己嫌悪や同族嫌悪みたいな感情が混じってしまうんですね。

また、「娘は自分のコピー」と思ってるので、扱いが雑になってしまうこともあるわけです。

『おおかみこどもの雨と雪』では、花は一人っ子で長女、雪も長女でした。

容姿もそっくりでしたが、タフさにおいても、ある意味似てましたよね。

「わたしに似てるから、雪は大丈夫」という感覚だったのかもしれません。

雨に「おおかみおとこ」の面影を見てる?

雨は、成長するにつれて、容姿がお父さんにそっくりになりましたね。

Tシャツのえり首がのびてるところまで、似てました。

花が、雨の中に夫の面影を見いだすのは、容易だったと思います。

実際、劇中でも「雨の後ろ姿が、夫に見える」というシーンがありましたね。

「花は、雨の中に夫を見て、恋愛に似た感情があったのでは?」という考えも、できそうな気はします。

しかし映画では、それを匂わせるシーンがないので、制作側の意図にはないようです。

個人的にはどちらかというと、「雨は、夫の子ども時代に見えた」のではないかと思うのです。

「夫の子ども時代は、雨みたいだったかな」とは思ったのではないでしょうか。

「おおかみおとこ」は、幼い頃に両親を亡くし、大きな秘密を抱えて親戚の元で育ちました。

花も、高校までに天涯孤独となっています。

一人で生きることの大変さや心細さを、誰よりも知っているのです。

雨に夫の面影を見て、雨と夫の両方を大切にしようと心掛けていたかもしれませんね。








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【おおかみこどもの雨と雪】雪がかわいそうの考察まとめ

映画『おおかみこどもの雨と雪』では、「花は、雨にだけ優しい」「雨ばかり可愛がってる」などの理由で「雪がかわいそう」という感想が、結構多く見られます。

  • 嵐のシーンでは、構成上どうしても、花が雨をひいきしているように見える
  • しかしよく見ると、花は二人の子どもに、かなり公平に接している

  • 一般論では、母親は息子の方がかわいいと感じ、娘は自分のコピーのように感じる

  • 成長した雨に、夫の面影を感じていた可能性は高い

  • 「自分は親からあまり可愛がられなかった。兄弟と愛情格差があった」と思ってる人は、雪に同情しやすい

というのが、この記事のまとめです。

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