大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のタイトル画像
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NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、木曽義仲の人質として、嫡男の源義高が鎌倉にやって来ます。

名目は「頼朝の娘・大姫の許嫁」でした。

しかし、木曽義仲が討たれた後に、人質の義高も殺されてしまいます。

「フィアンセを亡くした大姫は、その後どうなった?」

と気になる人も多いでしょう。

この記事では、

  • 大姫はその後どうなった?
  • ドラマと史実の違いは?
  • 大姫のキャストは誰?

について、解説します。

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【鎌倉殿の13人】源頼朝の娘・大姫はその後どうなった?

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、

  • 第13話で義高が人質になる
  • 17話で義高が殺害される

という展開です。

粗野や父親・木曽義仲と違い、礼儀正しく温厚な義高は、「清水冠者」と呼ばれて鎌倉でも慕われていました。

許嫁の大姫とも仲睦まじく、周りも微笑ましく見ていたのです。

京から平家を追い出した木曽義仲軍は、乱暴狼藉を働いたため、最終的に討たれてしまいます。

そして、人質として預けられていた義高も、殺害されてしまいます。

義高を慕っていた大姫は、その後どうなったのでしょう?

義高が討たれたことは、実は大姫には秘密にされていました。

しかし、まもなく大姫は知ってしまい、嘆き悲しみます。

水も飲めないほど憔悴してしまったのです。

その後の大姫
  • 大姫のショックは大きく、病気がちとなって床に伏すことが多かった
  • 大姫は、その後もずっと義高を想い続けた
  • 17歳の時に、頼朝の甥・一条高能との縁談話が持ち上がる
  • しかし「結婚するくらいなら深淵に身を投げる」と大姫が拒否した
  • 翌年以降、頼朝は大姫を後鳥羽天皇の妃にしようと画策
  • しかし、大姫は病から回復せず亡くなった(享年20)

源義高が殺された後、大姫は心を病んでしまったようなのです。

今でいうと、うつ病やPTSDのような状態だったのかもしれません。

大姫の病を治そうと、政子たちは義高の供養や読経、祈祷など様々な行ったようです。

一時的に小康状態となった17歳の時に、縁談が持ち上がりますが、大姫が拒否しています。

その後、頼朝は朝廷との関係を強めるために、大姫を入内させて後鳥羽天皇の妃にしようと計画。

朝廷の実力者である丹後局たちに取り入るために、莫大な贈り物をしたり、

かつては盟友で今はライバルとなった九条兼実を、陥れて失脚させたり

さまざまな謀略をおこなって、大姫を入内させようとしました。

しかし、大姫は病を患ったまま、20歳で亡くなってしまうのです。

生まれてから死ぬまで、ずっと親の政治の道具にされた気の毒な一生に、同情せずにいられません。

大姫と義高のお墓は、鎌倉市の常楽寺にあると伝えられています。

征夷大将軍・頼朝の長女のお墓ですが、ちょっと寂しい感じがしますね。

けれど、義高と同じお寺に埋葬されたのは、「せめて浄土では夫婦に」という周りの心遣いだったのでしょう。

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【鎌倉殿の13人】ドラマと史実の違いは?

ドラマと史実が一致している箇所は?

まず、ドラマと史実が一致しているところを確認しましょう。

ドラマと史実が一致してるところ
  • 義高と大姫は、許嫁だった
  • 義高が女装して逃亡した
  • 義高は、殺害された
  • 義高を討った藤内光澄も死罪になった

というところです。

【違い1】史実では義高11歳・大姫6歳の恋

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、義高が殺された時、大姫も義高もそれなりに大人でした。

しかし、史実では義高11歳、大姫6歳です。

とても幼い許嫁同士だったのです。

しかし、ふたりはとても仲睦まじく、本当に夫婦のようだと、周りの大人たちも温かい気持ちで見守っていたのでした。

6歳と11歳の婚約というのは、現代ドラマだとやりづらいので、市川染五郎さんと南沙良さんが配役されたのでしょう。

ちなみに、「大姫」というのは「長女」という意味で使われていた言葉です。

長男が「太郎」と呼ばれる感覚ですね。

本名は「一幡」ではないかという説もあるようですが、詳細不明です。

【違い2】武田信義は義高を利用していない

ドラマでは、武田信義の親子のせいで、義高の逃亡がすぐバレてしまうというストーリーになっていました。

武田信義と息子・忠頼が、義高をそそのかしていましたね。

これは史実ではありません

武田信義や忠頼は、義高の逃亡や殺害時には、一切関わっていません。

  • 一条忠頼は、なぜ殺されたのか
  • 武田信義が起請文を書かされた経緯

についての史実とドラマの違いについては、第17話の記事にまとめましたので、ご参照ください。

第17話ネタバレあらすじと「どこまで史実?」か解説!

【違い3】側近が義高になりすまして時間稼ぎ

ドラマでは、監禁されている義高を、政子が中心となって逃がそうとします。

八重が庭に控えていて、女装した義高を手引きしました。

義高が女装して逃げたのは史実と同じですが、逃亡の顛末は異なります。

義高の逃亡(史実)
  • 大姫は、侍女から頼朝が義高を殺害するつもりだと知らされる

  • 明け方、侍女たちが女装した義高を取り囲んで、館から出した

  • 義高は、ひずめに綿を巻いた馬に乗って、鎌倉を脱出

  • 同い年の側近・海野幸氏が、義高の身代わりとなって、館で過ごした

  • 幸氏は、義高のふりをして寝床から髷をだして寝たり、双六を打ったりしていた

  • しかし、夜になって義高が逃げたことがバレた

  • 激怒した頼朝が、義高を討ちとるよう命じた

  • 藤内光澄が、入間河原で義高を討ちとって、報告

  • 大姫はショックで寝込み、何も食べられず憔悴し、政子が頼朝に激怒

  • 頼朝は、藤内光澄を死罪にして、さらし首にした

義高は、鎌倉から埼玉県の入間まで逃げたものの、討たれてしまいます。

そして討った御家人も、褒美をもらうどころか死罪でさらし首という理不尽な目に遭うことに。

政子に怒られた頼朝が、自分で命じておきながら、御家人に尻ぬぐいさせたのでした。

勝手ですよね。

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【鎌倉殿の13人】大姫のキャストは誰?

大姫のキャストも気になりますね!

子役は、2人です。

難波ありさちゃんは、3歳くらいの大姫を演じています。

政子がいつも抱きかかえている印象です。

とってもかわいいですね!

もう少し大きくなった大姫を演じているのは、落井実結子(おちい・みゆこ)ちゃん。

2014年3月生まれの7歳ですが、20本以上のドラマに出ているベテラン?子役さんです。

史実だと、大姫はこのくらいの年齢の時に、許嫁の義高を殺されたのですね。

娘が泣いて懇願するのに、11歳の男児を殺害するという親の勝手さがすごいなあと思います。

ドラマでは、義高が殺された時の大姫を、南沙良(みなみ・さら)さんが演じています。

南沙良のwikiプロフィール
  • 氏名:南沙良

  • 生年月日:2002年6月11日

  • 年齢:19歳(2022年2月現在)

  • 出身地:神奈川県

  • 身長:160cm

  • 血液型:A型

  • 事務所:レプロエンタテインメント

南沙良さんは、2014年に第18回nicolaモデルオーディションでグランプリを受賞。

雑誌『nicola』の専属モデルとなります。

2017年には、映画『幼子われらに生まれ』で女優デビュー。

2018年には、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』で映画初主演し、

  • 第43回報知映画賞新人賞
  • 第33回高崎映画祭最優秀新人女優賞
  • 第61回ブルーリボン賞新人賞
  • 第28回日本映画批評家大将新人女優賞

を受賞しています。

2018年は大きな転機になったんですね!

2021年には『ドラゴン桜』にも出演しています。

今、注目の新人女優さんです。


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【鎌倉殿の13人】大姫はその後まとめ

まとめ
  • 源頼朝の娘・大姫は、その後病んで、回復することなく20歳で早逝した
  • 17歳の時に縁談が持ち上がったが、大姫が拒否した
  • 頼朝は、大姫を後鳥羽天皇の妃にしようとしたが、入内前に亡くなった
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