大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のタイトル画像
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2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』には、北条義時の3番目の妻のえ(伊賀の方)が登場します。

北条義時の方が先に亡くなるのですが、その後のえはどうなったのでしょう?

この記事では

・のえ(伊賀の方)は最後どうなった?

・のえ(伊賀の方)の死因は?


・大河ドラマではどう描かれる?

について、解説をまとめました。

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【鎌倉殿の13人】のえ(伊賀の方)の死因は?最後どうなった?

のえ(伊賀の方)は最後どうなった?

北条義時の3番目の妻・のえ(伊賀の方)は、夫の義時が亡くなった後、伊豆に流罪となり幽閉されます。

なぜかというと、北条政子に政治で負けたからと伝わっています。

のえの最後

・北条義時の死後、息子の北条政村を執権にしようと画策

・娘婿の一条実雅を将軍にしようとした


・北条政子に勘づかれて、謀略は失敗


・結果、伊豆に流罪となった

ただ、『吾妻鏡』にも、「謀反があった」とは書かれていません。

北条泰時も、伊賀氏の謀反を否定しています。

なので、「政子が伊賀氏をつぶすために、でっちあげた」という説もあります。

だとしたら、気の毒ですよね。

ちなみに、のえと結託していた兄の伊賀光宗たちも流罪になりました。

・兄の伊賀光宗は、信濃へ流罪

・兄弟の朝行と光重は、九州へ流罪

伊賀の方は鎌倉から遠くない伊豆へ流罪になったのですが、幽閉されたようなので、自由はなかったようです。

のえ(伊賀の方)が、どんな女性だったかは別の記事をご参照ください。

のえとは伊賀の方!義時の妻でやり手女性だった?

のえ(伊賀の方)の死因は?

のえは、義時が亡くなったのと同じ1224年に亡くなっています。

生年月日不明なので、享年はわかりません

義時が死んだのは、7月です。

のえは、8月に配流され、12月24日に危篤となっています。

年末年始には亡くなったようです。

結構、すぐ亡くなってますよね。

死因については、分かりません

・実は謀反もなかった

・幽閉されてすぐ死んでいる

となると、「単なる病死ではないかも?」と勘繰ってしまいますね。

あるいは、心労がたたったのかもしれません。

ちなみに、北条政子は翌年の1225年に亡くなります。

政子の死後、泰時は伊賀氏の流罪を解いて、鎌倉に戻して復職させています。

のえも、あと1年生きていられれば、鎌倉に帰れたかもしれませんね。

大河ドラマで、のえの最後はどうなる?

気になるのは、大河ドラマでは、のえの最後が描かれるかどうかです。

普通、大河ドラマでは主人公の最期までが描かれます。

義時の死に方には諸説あり、三谷幸喜さんがどれを採用するかで大きく変わりそうです。

一番ドラマティックでセンセーショナルなのは、「後妻のえが、義時を毒殺」です。

そうすると、「結果、のえが流罪になった」ところまで、ドラマで放送するかも。

また、北条政子は『鎌倉殿の13人』の準主役みたいになってます。

義時が死んだ翌年に、政子も亡くなります。

もしかすると、『鎌倉殿の13人』では政子の死まで描くかもしれません。

あるいは、ナレーションで政子の死を入れるかもしれませんね。

ドラマの最終回がどうなるか、楽しみに待ちましょう!

北条義時は最後に後妻から毒殺された?62歳で謎の急死!

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【鎌倉殿の13人】解説・考察記事の一覧

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          【鎌倉殿の13人】のえの死因・最後まとめ

          まとめ

          ・のえ(伊賀の方)は、最後は伊豆に流罪となり幽閉された

          ・流罪になった4か月後に、のえは死亡(死因は不明)

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